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zoom RSS 曖昧言葉・その2

<<   作成日時 : 2013/03/07 19:51   >>

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 街頭で一般の人々をインタビューして、このところ定着してきた感のある言葉、「〜みたいな〜」「〜の部分で〜」を頻繁に聞くようになりました。こうした言い方は、70年安保の学生運動家がよく用いていたように思います。それが今から3〜40年前には、評論家や一部のジャーナリストからも聞くようになりました。いまでは、一般の主婦たちからも聞かれ、すでに表現法としてお墨付きを得たような感じです。

 かつては、そんな言い方もある種のもの新しさを感じていましたが、今では表現を曖昧にぼかし、明確な断定を避ける方策として使われるように思えてなりません。断定を避けるというのは、自分の言葉、発言の責任を薄めるというのか、あるいははっきりと主張するだけの含みでもないことなのか・・・などなど考えてしまいます。

「幽玄」というのは日本独自の文化ですから、このように曖昧さを残し、霞の中に解けてゆくのも「文化の所産」なのでしょうか。

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